■床柱にドロップキック3連発
一方、その席からちょっと離れたところにはアナウンサーの古舘伊知郎がいた。
古舘伊知郎は今でこそ大御所のアナウンサーだが、この頃はプロレス中継において、徐々に顔と名前が売れ始めてきた時期である。
彼の近くには数年前まで「ザ・コブラ」の名前で人気を博したジョージ高野がいた。
温厚な性格のジョージ高野も、本日ばかりはかなり酔いが回っていたようだ。
彼は、古舘の目の前で突然立ち上がるやいなや、会場内常設の床間(とこのま)の床柱(とこばしら)に、なんとドロップキックをお見舞いし始めたのだ。
その数3発。
当然、柱にはヒビが入ってしまった。
当のジョージ高野はというと、この泥酔ドロップキック3連発が祟り、古舘の目の前で嘔吐し、そのままダウンしてギブアップ。
さすがの『ザ・コブラ』も焼酎にはかなわなかったようだ。
どうやらジョージ高野は、「このままだと大乱闘に発展する。なんとかしなければ…」という、彼なりの良かれと思った行動だったと思われる。
しかし、このジョージ高野の床柱ドロップキックは、皮肉にもその場を、更に活気づけてしまったのだ。
悪い意味で…。
スポンサーリンク
■ 「いいから飲め!ちゃんこ片付けろ!」
この時点で前田日明と武藤敬司の顔は殴られて腫れ上がっている状態である。
見かねた坂口征二は、前田日明と武藤敬司を叱責し、その場に座らせて一升瓶を片手に2人に焼酎を注ぎ始めた。
「いいから飲め、この野郎!ちゃんこ片付けろ!」
最初は普通に飲んでいた2人だったが、注ぎ役の坂口は、途中から後輩の武藤には、こっそり水だけを注ぎはじめた。
もちろん、先輩の前田に注いでいるのは本物の焼酎だ。
当然、程なくして前田ははそれに気がつく。
そして前田は、今度はなんと坂口に食いついき始める。
前田日明からすると、 坂口征二は大先輩というよりも師匠といっても過言ではない存在だ。
それを見ていた武藤が前田に対して大激怒、2人は再び乱闘モードへと突入。
さらに見かねた誰かが止めに入ったと思いきや「お互い納得いくまで殴り合え!」とけしかける。
気がつけば、この時点であちこちで小競り合いが始まっている状態だったらしい…。
もはや会場は無礼講を通り越して、酔っぱらいレスラーによる場外乱闘でバトルロイヤルの地獄絵図と化していったのだ。
一説によると、この時点で、焼酎の一升瓶が6本空いていたらしい…。
■ゲロまみれと化していった旅館
ヘロヘロの泥酔に伴う吐き気というものは、時間とともに悪化するのが一般的だ。
宴会場のある2階のトイレはもちろん、宿泊部屋がある上階のトイレでも大勢のレスラーが嘔吐をし始めていた。
「大」の便器で何人も嘔吐したため、トイレの排水管にゲロが詰まり、水を流すと溢れ出すという最悪の状態になってしまったのだ。
しかも、振る舞われていた料理は、藤原喜明が得意とする「ワカメちゃんこ」だ。
排水管を詰まらせるにはうってつけの「食材」だった。
「大」がダメなら「小」がある。
すでに泥酔状態のため一刻も早くゲロを出したい連中は、ついに、「小」の便器の方でも嘔吐をしだした。
そもそも「小」は液体専門である。
詰まるわ、あふれるわ…最悪の連鎖が始まった。
さらには、引き戸をドアと間違えて押したり引いたりして「開かない」といって蹴破る奴、ドアに体当たりして破壊し強引に開ける奴、「(ヘロヘロ)俺は~寝るぞ~!!」といって布団で嘔吐する奴…。
旅館はまさにゲロまみれと化していったのだ。
スポンサーリンク
■「猪木連れてこい、猪木コラァ」
一方、危険を察知して早めに部屋に避難した、越中詩郎や蝶野正洋にも災難が降りかかり始めていた。
酒に酔っ払った後藤達俊が、飾り用の日本刀をどこからともなく手に入れ、振り回しはじめたのだ。
(注:日本刀は当然、偽物。また、宿の備品でもある)
それを見た越中詩郎は、すぐさま「それだけはやめろ!」と止めに入る。
しかし、そんな越中の行動も虚しく、後藤は刀を振り回し暴れ始めてしまった。
さすがの越中も「こりゃ手に負えない」と判断、その場から逃げるしかなかった。
その後も酒に酔った後藤は各部屋に乱入。
「突きの練習」と称し、そこら中の扉、襖、壁を容赦なく刀で突いて穴だらけの状態にして各部屋を回り始める。
さらに後藤はトイレの便器をも破壊。
便器だったところから水が噴水のように噴射しはじた。
調子に乗った後藤は、「猪木連れて来い!猪木!コラァ!!」とエキサイト、恐れ多くも、アントニオ猪木の名前を呼び捨てて叫んでいたのだ。
すると、どこからともなく後ろから声をかける人物がいる。
「何だ、後藤!」
燃える闘魂、アントニオ猪木だった。
振り返った後藤は直立不動、「おつかれさまです!」と一例したらしい…。
いずれにしても、このときの後藤達俊は、とにかく何から何まで破壊しまくったようだ。
ドラゴン藤波辰爾も、三面鏡が空中を飛び交ったり、ガラスの破片が飛び散ったりする光景を目撃している。
スポンサーリンク
■ゆっくり一段ずつ階段を降りるゲロ
地球には「万有引力の法則」というものがある。
熊本県水俣市の旅館もこれには逆らえない。
後藤が破壊した上の階のトイレから噴出した水は、下の階をさらに悲劇へと巻き込んでいった。
溢れ出したゲロを、どんどん下の階に押し流していったのだ。
アナウンサーの古舘伊知郎は、このときの情景を、「階段をズズズーと一段づつ流れ落ちるゲロ」と回顧している。
その光景はまさに、ゆっくり一段ずつ階段を降りるゲロという感じで、生まれてはじめて見る光景だったらしい。
一方、同じくその光景を見ていた藤原喜明はこう思っていた。
「俺の切ったワカメが階段を流れ降りている…」
【次のページ】8階での一騎打ちと玄関で握られた一升瓶